2009/07/10 20:03
>淡路島へと渡る、四国一周の旅の開始 >踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らな損々、そんなリズムを聞きながら早く寝なきゃ損損 >一夜明けた、徳島(第2日)>徳島県立図書館で、旅日記を綴りながら、読書にも時間を使う(つづき1) >旅日記を綴る自分とは一体誰なのか?(つづき2) >公園内での就寝中に、予想もしない邪魔が入った(つづき3) >徳島を発つ前に、眉山に登った、おっさんが話しかけてきた(第3日) >大浜海岸で野宿先を探そうとしたが、諦めた(第3日、つづき1) >ある中学校のテニス部部室に宿泊場所をみつけた(第3日、つづき2)>朝を迎えたテニス部部室内に潜む、外では学生たちが登校中だ(第4日)>一人で隠れん坊ごっごをしている(第4日、つづき1)>昼休み、下校時間、語学放送、母親の体内に戻ったような居心地良さ、で一日が過ぎて行った(第4日、つづき2)>朝が明けた、小屋の戸も開けた、自己解放と相成った(第5日)>室戸岬へと目指す(第5日、つづき1)>室戸岬にやって来た(第5日、つづき2)>高知県に入った(第6日)>桂浜にやって来たのだが、(第7日)>雨降る高知(第8日)>琴平の石段を登り、讃岐七富士を眺めて、石段を一歩一歩と降りて来た。と、○○○がない! >旅の身にある自分を感じながらも、快適に過せる場所を求めながらも、、、>四国の朧月夜よ>四国での旅。でも何の旅をしているのだろうか。>足摺岬に来た。だからどうだというのか、と思ったか思わなかったか、それは分からない。


四国での旅。でも何の旅をしているのだろうか。



 ☆世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰 

19xx年5月11日(金)曇り後晴れ       

目覚めた。

 今日は図書館で何か為になる面白い本を気の済むまで読みたい!
 なぜかそんな思いがあった。

 起床前、寝袋の中で仰向けになったまま、この中村市でもう一泊して行こうかという気持ちに傾き掛けた。

 起床。朝食を取っているうちに、読書のためだけに出発を一日遅らせるのは時間の無駄使いに過ぎないと思えてきた。

 出発しよう。

 今日は足摺岬へ行くのだ。


 
   * *

 寝袋に入ったままでラジオ講座を聴いていた。
 終了と同時に、午前7時50分、起床。

 午前8時55分、出発。朱色の鉄橋を渡って左折、中筋川と渡川との間の舗装道路を走って行く。国道32号線。

 暫くは川沿いの平坦な道を走る。

 両側に山を見ながら、前にもこんな風景があったなあ、
どこだっただろう? そうだ、紀ノ川沿いを走った時もこのような気分であった。思い出しながら走っている。

 どういう気分だったか? 空は曇っている。雨がこれから降り出すわけではない。でも曇っているということで何か不安な、晴れない、何か不安定なのだ。




 国道321号線は舗装されていた。でも狭い道路だ。しかもカーブが多い。段段と山の中へと入って行くのが分かる。

 午前9時45分、伊豆田峠へと登って、土佐清水市へ入る。
ずっと舗装が続くと思っていた。間違いだった。

 道路工事中のガタガタ道,ダンプカーやらトラック、特にダンプカー、そしてバスが反対方向から来ると、こちら側は立ち往生するしかない。大型車が大手を振るって通過して行くのを見守っているだけ。

 通過した後にはもう逃げようにも逃げられない程、大量の土埃を辺り一面に舞い散らす。頭から足の爪先まで全身、諸に土埃を被ってしまう。

 しかも、しかもだ、これを「泣き面に蜂」というのだろうか。同じ進行方向へと後方から来る車、来る車ごと、殆ど例外なしにクラクションを鳴らしている。

 そこ退け、そこ退け、早く退けろと恰も運転手はその音を楽しんでいるかの如く、警笛を鳴らしながら、苦々しくも脇を通って行く。

 鳴らさなくてもそのまま通って行けばいいものを、と思っているのに、そんな思いは後方には伝わらないようだ。

 こっちだって自転車運転に一生懸命なのだ。この旅人はサドルに腰掛けて、後方の車が追い越して行くのを待っている、その間は両足を地上に下ろし、腹も立ちっぱなし。

 「自動車」に乗る人の感覚と「自転車」に乗る人の感覚との違いなのだろうか。同じ「車」だが、自動「車」は少し横柄過ぎるようだ。

 自転車はガタガタと振動を尻に響くジャリ道、ビシャビシャのぬかった道、転倒しないように慎重に進んで行く、グニャグニャの道、こんな道路が日本にはまだ、いや、時々あった。しかも後からは追い立てるかのように車が続いて来る。変な道を選んでしまった。
                            
タグ:四国

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